猫 病気情報
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トップ > 猫 アナフィラキシー > 猫 アナフィラキシー - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月6日 9時)
「この坂は苦しいぞ」
さて、新年一発目の『BJ』語り。 BJ先生は医学書以外にどんな本を読んでいるのか。『ハムレット』や『シラノ・ド・ベルジュラック』などは知っているようだし、俳句だってすぐに思い出しているから、理科系の人間とはいえ一通りの古典等は読んできているようだ。自宅の書棚はきちんと整理されているようで、少なくともめぐみさんの写真が貼ってあるアルバムの位置は把握できている様子だ。その他にどんな本が並んでいるのか見てみたいものだが、確実にこれだけは所蔵していると思われる本が『ある身障者の記録』(本間丈太郎著)である。きょうは「アリの足」について。 この年末に私はテレビアニメ版の「アリの足」を横目で観ながら大掃除をしていた。「挫けるもんか!」と思いながら(笑)。読むたびに、自分も頑張らなくてはと思うストーリーなのだが、おおよそのあらすじは次のとおり。 ポリオによって足が不自由になった光男少年は、この病気の患者がどんなに努力しているかを伝えようと、広島から大阪までを歩く旅に出る。そのルートの参考になったのが『ある身障者の記録』である。そこに書かれた患者が、過去に同じルートを歩き通しているのだ。山火事に巻き込まれそうになったり不良少年に財布を奪われたりしながら、光男の苦難の旅は続く。そんなとき陰になり日向になって彼を助けるのがBJである。しかし高額な報酬を取る医者であるという認識から、光男はBJを軽蔑しており「自分をつけまわすな」と怒る。ルートの最後の難所で再び現れたBJは彼に最後の助言をし、『ある身障者の記録』に書かれている患者は幼い頃の自分であることを明かす。ある事故で身体がバラバラになり、それをつないで治してくれたのが本間先生。そしてリハビリに励む自分のことを記録してくださったのだ、と。BJと話をしたがる光男だったが、BJはそのまま去っていく。そして、光男は無事大阪までを道のりを踏破するのだった。 ストーリーの良さもさることながら、『BJ』ファンにとってはBJの過去が明かされる一編として欠かすことのできないエピソードである。アニメでは、旅を終えた光男と自宅でそのニュースを見るBJが画面越しに微笑み合うラストがなかなか良かった。黒男少年が昔同じルートを歩いたときには、光男少年のようにマスコミに騒がれることもなく、おそらくひっそりとした孤独な旅だったろうと思う。人の助けは借りない、自分一人でなんとかするんだ、という気概だけで歩いたんじゃないだろうか。つきまとわれて苛立つ光男の気持ちを、BJほどよくわかる人間は居まい。きっと危ない目にも遭ったことだろう。しかし反面、黒男少年だって行きずりの人から数知れぬ親切を受けたのではないのかな。でなければ、光男少年にあれだけ親切にはせずに放っとくんじゃないかと思う。あるいは、自分の他に誰か親切にする人がいたら、BJは手を貸さなかったのではないかと思う。自分があのとき人から受けたと同じくらいの親切を、BJは光男に返したのではないのかな。 ところでここでちょっと整理しておくが、この54話「アリの足」以前には、29話「ときには真珠のように」で、大怪我をした黒男少年を手術で治したのが本間先生であることがわかっている。このときに描かれた黒男は車椅子に乗っていてなんらかの事故に遭っている。さらにその前の28話「指」では間久部との会話に「おぼえてる……中学のときだ…(中略)…わたしは身体障害者 きみは不具者だったんだ」とあり、車椅子に乗った黒男が間久部と仲良くしている。このときの黒男は顔に傷もないし髪も全部黒いので、まだ事故に遭う前だということがわかる。つまりシリーズのこの時点での設定は、黒男はもともと何かの事情で歩くことができず、間久部と出会った中学時代までは車椅子で生活しており、その後に身体がバラバラになるほどの事故に遭い、本間先生の手術と過酷なリハビリによって歩けるようになった、ということになる。よって、黒男少年が広島~大阪の旅をしたのは中学高学年~高校生の頃と考えられるのだが、後に、この「身体がバラバラになるほどの事故」が「不発弾の爆発事故」になり、更には事故に遭った年齢も「8歳」と前倒しされ、幼少の頃から脚が不自由だったという設定が曖昧になっていくので、「アリの足」までとそれ以降では、BJの生い立ちの設定が違うことは頭に入れておかなくてはなるまい。 さて次に、広島~大阪というルートなのだが……。広島のどこが出発点なのかは絵を見ても判然としない。広島在住の方ならお判りになるだろうか? 終着点は判る。JR大阪駅前の、阪急百貨店と新阪急ビルと曽根崎署に囲まれた三角形の部分だ。地下街の「通風塔」が何本も地上に突き出しているところで、これは私が10数年前に実際に見て確認した。「Yahoo! 地図」の航空写真で調べたら今もあるようだ。ところで謎なのは、どうして広島~大阪なのかということだ。身体の不自由な少年が、縁もゆかりもない土地を起点や終点に選ぶだろうか。そこまでの移動だって大変だろうに。というわけで、このとき黒男少年は広島に住んでいたと考えてみる。ここからは一気に想像の世界に突入するのだが、黒男がそもそも歩けなかった理由を原爆だと考えるのは無理があるだろうか。まだ彼がほんの子どもだった1945(昭和20)年8月6日、爆風によって倒壊した家屋に押しつぶされて怪我をしたという可能性は考えられないだろうか(胎内被爆ということも考えたが、生後脚に障害が出たという例を見つけることはできなかった)。 広島だから原爆、というのでは短絡的に過ぎるかもしれない。しかしその後「身体がバラバラになるほどの事故」が「アメリカ軍の不発弾の爆発」に設定されたことを見ても、BJの生い立ちと戦争を結びつけることはそれほど不自然なこととは思わない。シリーズ全体からも戦争の匂いは色濃く感じられるし、手塚治虫が『BJ』で描きたかったテーマの一つは「戦争」であると信じる。よって、BJは戦争の被害者であるという設定が手塚の頭の中にはあったのではないかと想像するのである。そうするとBJの年齢は、ぎりぎり1945年生まれとして、シリーズ開始の1973年には28歳。うん、それくらいなんじゃないのかな。ということで、今まで私はBJ1948年誕生説をとってきたのを訂正して(…というか、どうして1948年という計算になったのかもはや覚えていない)、誕生日を1944年11月3日に勝手に決めることにする。手塚先生と同じ誕生日という妄想だけは捨てられない(笑)。 黒男少年は当時広島に住んでいた……となると、不発弾が埋まっていた場所も広島近辺で探さなくてはならないことになるのだが、それはまたの機会に。 「アリの足」に話を戻す。旅を終えた黒男は何を思ったのだろう。想像するしかないが、いちだんと逞しく成長した少年像が眼に浮かぶ。やきもきして待っていた本間先生に「よく頑張ったな」と暖かく迎えられて、はにかみながらも旅の思い出を夢中で語る黒男少年……(激しく妄想中)……は、後に先公をダーツの的にする不良少年になり、さらには法外な手術代を請求する闇の無免許外科医になるのであった。あらあら。だからBJって男はおもしろいよ。
作者: わかば
更新日:2009年1月6日 0時4分
(備忘録090104)
手作りの年賀状
今年の年賀状は版画で作成した。初めての試みである。2版刷りだったので、彫るのに1日、刷るのに1日を要し、90枚ばかり宛名を手書きするのに更に1日を費やした。これまでは2日で仕上げていたのが1日余計に掛かってしまい、おかげで年末の大掃除が手抜きになってしまったが、これでだいたいのタイムスケジュールがわかったので今年の年末には参考にできるだろう。 これまでのわが家の年賀状の歴史を振り返ると、4年前の酉年まではプリントゴッコ、戌~亥はプリンタで印刷、昨年の子年は喪中欠礼、そして今年の丑年が版画ということになる。プリントゴッコは私が独身の頃から実に22年の長きにわたって使ってきたが、絵の具等の消耗品が文房具店から姿を消したことからパソコンでの制作に切り替えた。絵柄は毎年自分で考えるが、しかしパソコンで作った出来がどうもいまひとつ気に入らない。綺麗すぎる。絵柄ではなくて、つまり100枚が100枚すべて同じように出来上がるというのが面白くない。それで、版画に替えた。 1枚1枚の出来が、それはもう見事に全部違う。濃いのや薄いのやズレたのや、いろんなのができる。バレンで擦ってめくってみるまで、どんなふうになっているのか自分でも判らないのが面白い。ひゃ~、とか、うわッ、とか、奇声を上げながらの作成であった。楽しかった。今回は初めての試みということで、簡単で多少ズレてもわからない図柄にしたが、次回はもうちょっと凝ったものにしたいな、などと思っている。これを無謀といふ。 今年これまでにいただいた年賀状のほぼ9割はパソコン印刷のようだ。みな華やかで美しい。どんなデザインを選ぶかに、その人のセンスが窺える……のかな。さすがにこの年齢になると家族写真を使ったものは少なくなる。そうなると却って見たくなる心理も不思議なものではあるが(笑)。家族全員の動向を細かく書いてこられる方もあってそれはそれで面白いけれども、私自身はあまり近況などを書くのは好きではない。良いことであってもあまり良くないことであっても、読む人にはそれなりの思いが生まれるだろうから。一筆入れるときはただ「お元気ですか」とか「ご多幸をお祈りします」とか書くことが多い。共に新年を賀することさえできたら、と思う。 残りの1割ほどが手作りの年賀状だ。水茎の跡も麗しい達筆の賀状はいくら見ても見飽きない。いや、たとえ金釘流でも、この賀状1枚に籠められたエネルギーを思うと、ただ嬉しい。一人ひとり相手のことを思い浮かべながら、今年も無事に新年を迎えられる喜びを伝えようとする年賀状というのは、やっぱり重みが違うのだ。そういう年賀状をいただける喜びは何物にも替え難いから、せめて私も手間暇だけはかけて手作りの年賀状を作り続けたいと思う。
作者: わかば
更新日:2009年1月5日 1時7分
満足な一日
きょうも雪が降ったりやんだりの一日。しかし積もるほどではなく、路面はほとんど乾いていた。 夫と平田本陣記念館の『タツノコプロの世界展』を見に行った。お正月になったら行こうと、以前から楽しみにしていた展示である。来館者もまばらでゆっくり楽しめた。売店には現在テレビ放映中の『ヤッターマン』のフィギュア等も売られていたが、私のお目当てはなんといっても『ガッチャマン』である。展示室の前にあるテレビモニターにはその『ガッチャマン』のOPとEDの映像が流されていて、じっくり観たかったのだが、30代くらいの男性2人が画面前に陣取って食い入るように観ていらっしゃったので遠慮した。かなりオタッキーな方々とお見受けした(笑)。 残念なことに、夫は「タツノコプロとは何ぞや?」と訊いてくるくらい興味がなく、唯一知っていたのが『いなかっぺ大将』だった。年代的に『宇宙エース』くらいは知っていると思っていたが……。『忍者部隊月光』は実写版を観たことがあるらしい。うん、それは私も観た覚えがある。あとは『ガッチャマン』も『タイムボカンシリーズ』も知らないらしい。7才の歳の差は大きいな……。それでも「綺麗な絵だなぁ」と言いながら一回りすると、「一人でゆっくり見なさい」と言って早々に出て行ったので、あとは私一人で『ガッチャマン』の絵を心行くまで堪能した。改めて見ると、ボロボロになったコンドルのジョーを大鷲のケンと白鳥のジュンが支えているような構図が多い。セカンドシリーズではたしかにジョーが悲劇のヒーローで、ケンよりも印象が強かったことを思い出した。再放送してくれないかなぁ、『科学忍者隊ガッチャマン』。 分厚いパンフレットやドロンジョ様のクリアファイルなどを購入して、ほくほく顔で記念館を後にする。次に目指すは出雲大社。もう夕方でしかもこんな天気だから参拝者は少ないだろうと思っていたが、それでも駐車場は満杯。やっと駐車して早々にお参りを済ませた。今年は良い年になりますように。 出雲市内まで足を延ばして古本屋や釣具店へ。私は探していた『風翔ける国のシイちゃん』(中田友貴著)を見つけることができたし、夫も何やら釣り道具を購入して嬉しそうだったし、満足満足な一日だった。
作者: わかば
更新日:2009年1月2日 23時25分
一年の計は
明けましておめでとうございます。 終日雪だったため、初詣の予定も取りやめ、夫の実家で飲み食いプラス昼寝をして過ごしました。「一年の計は元旦にあり」だとすれば、初っ端から計画挫折の気運が漲っているように思われます(笑)。ついでにこの三が日は寝正月を決め込もうかと思います。布団に寝転がって好きな本を読めたら、もうこれ以上の幸せはありません。 ↑上の文章を書いてから10分ばかり、画面を見たまま寝ていました。飲めないくせに飲んだワインが効いています。微かに頭痛までするのは二日酔いの予兆でしょうか……orz なにやら先が思いやられる2009年元旦のグダグダ振り。たしか何かネタを書こうとしていたのに、それがなんだったのかも思い出せないくらい眠いです。こんなダメダメなワタクシですが、今年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。m(_ _)m
作者: わかば
更新日:2009年1月2日 0時29分
2008⇒2009
『紅白』のフィナーレの賑やかさと、その一瞬後に映る『ゆく年くる年』のお寺の静かな佇まいのギャップ。これを見ないと大晦日という感じがしない(笑)。今年はアンジェラ・アキと森山直太朗の対決がみどころでしたな。今年もなんとか無事に暮れました。 今年一年、皆様方にはたいへんお世話になりました。ありがとうございます。来年がより良い年になりますように。2009年もどうぞよろしくお願い申し上げます。m(_ _)m さ~て、お蕎麦を茹でよう。
作者: わかば
更新日:2008年12月31日 23時57分
今年読んだ本 2008
今年は何冊本を読めたかな? 再読を含めて100冊くらいなものかもしれない。その中で印象深かったものを挙げてみると……。 『シッダールタ』(ヘルマン・ヘッセ著)がダントツなのだが、ブログには感想を書いていない。思いをうまく表現できそうもないけれども、とにかく何か大変なものを読んだ、という印象だった。これから先も幾度となく読み返しそうな予感がする一冊。 『日本浄土』(藤原新也著)、『死神の精度』(伊坂幸太郎著)、『街場の現代思想』(内田樹著)などがそれに続く。フォトエッセイ、小説、評論と、ジャンルが相変わらずバラバラだ(汗)。伊坂幸太郎と内田樹は他にも何冊か読んだが、いずれもハズレがなく面白かった。 あと、手塚治虫生誕80周年ということで、手塚関係の本をたくさん読んだ年だった。来年は没後20年ということになるのかな? また関連本がたくさん出るのではないかと楽しみである。
作者: わかば
更新日:2008年12月31日 0時16分